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程度の低い学校は、 人より目立ったり、何か失敗したり、問題を起こしたりする生徒を 木箱の中の、腐った林檎とみる。 単に、活動的な生徒だというだけでも、警戒する。 腐った林檎を放置しておくと、腐敗が広がり、 他の林檎まで、だめになってしまう、と考える。 そのため、少しでも早く、腐った林檎を発見し、取り除くことが、 他の林檎を腐敗させないために、最善の策だと主張する。 腐った林檎を排除することによって、学校全体の秩序を維持し、 それが、新入学志願者の父母の信頼を獲得する道であり、 学校経営上、欠かせない、必要な措置であると、主張する。 つまり、生徒を人間として教育するのではなく、 学校経営という商売を、生徒よりも、優先させているのだ。 それにもかかわらず、 彼らは、自分たちが教育者であるとの妄想を抱いているために、 反省することができず、生徒本位の学校に戻すことができない。 一度の失敗をも許さないのは、キリスト教カソリック系の学校に多い。 学校経営の理事者で、最後の審判のような理論を信じる人は、 偏狭でサデステックな性格の持ち主であることとも、関係しているのであろうか。 普遍的な愛や許しを重んじる、プロテスタント系のキリスト教の学校は、 まだ、柔軟性が残っているが、 カソリック系は、対話とか相互理解とかの立場をとらない。 教条主義を捨てると、宗教が崩壊する。 宗教経営の学校と、宗教は別だということが、 理解できない精神構造になっている。 偽善的な宗教は、偽善的な学校運営しかできない、 という当たり前のことに、 親たちは、子供を入学させる前に、気がついてほしい。 入学させた後では、手遅れだ。私立では、転校も難しい。 |
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うちの娘は正に腐ったりんご扱いでした。最初はうちの娘も悪いんだからと思っていたのですが、冷静に考えてみるとおかしな事がいっぱいあってどうもこの学校おかしいとおもうようになりましたが在学中は我慢しておりました。ところが卒業後にうちの子もちょっとまずいかなとはおもったようですが、強制退学させられた子と学校に行ったところばい菌のように扱われ生徒の前で今度あいつらが着たら追っ払ってやるから報告するようにいわれたそうです。程度の低い学校だとは思っていましたがほんとうにこれが教育者の言葉かと思って腹立たしくおもってしまいました。宗教系の学校だし人権教育とか力をいれているのかと考えて入学させたなのに偏見をもったひどい教員ばかりでした。この学校は営利に走って教育の精神をわすれていると思います。ちなみにこの学校は本町にS愛学園です。あーすっきりした |
bu-fu-woo 2007/11/29 18:14 |
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